弟子などを取らない、師弟関係の無い霊能力者が増えている 弟子 師弟関係 

 

一般的に霊能力者として活動する道筋というのは、何かしらの幻覚に合う中で、精神病院などに行き異常がないことから、霊能力者へ足を運び、そこで弟子入りをすることで、師弟関係が生まれる。その霊能力者のもとで、霊能力をコントロールする中で、一人前の霊能力者へと足を運ばれるのである。

現代においても、このような姿はよくあるが、若干従来よりも師弟関係がなく、弟子の存在がない霊能力者の方も増えているのだ。

これには、いくつかの隠された背景があるため、その点について紹介させていただこう。

従来の霊能力者というのは、社会的に大学までの進学する人も少なく、大学まで進学されている霊能力者というのはそれほど多くはなかったのである。貧困な状態が、大きなストレスを生みだし、それをきっかけに霊的な感性が高まっていた人もいるであろう。

現在は、大学まで進学されている霊能力者の人も数多くいる。霊的な意味での価値感が、従来の霊能力者とは違う姿も現れているため、師弟関係がなかなか築かれない姿もあるであろう。

大学まで出来ている霊能力者というのは、知識も多く持ち合わせているため、相談者に対する答えれる幅が広がっている姿などもあるはずだ。

大学まで進学されてるという事は、様々な考える力を持ち合わせている力もある。その考える力を使って、自身で霊的な力をコントロールする方法について、自分自身で身につけていくこともできる場合も高まる。

現在はインターネットの普及に伴って、霊的な力をコントロールする、アドバイス的な情報について知る機会もあるであろう。

この場合においては、力を授ける高級霊が、霊媒者となる若い霊能力者に対して、その情報に目を通すように導くことも行えれる。

従来の霊能力者というのは、高級霊という姿を、人間には手の届かない高い存在、崇めるべき存在として受け止めていたような考え方もある。

本来高級霊は、そのような思いを抱いているのではなく、できれば身近な存在として思ってもらいたいという思いがあるはずだ。

手の届かないような存在というのは、霊媒者である霊能力者自身が特別な人間として錯覚起こし、高級霊と意志が反する姿が現れることで、霊能力者自身を扱いにくい存在にしてしまいかねないためだ。

若い霊能力者の中でもそのような傾向は少なくとも有るかもしれないが、従来よりは、身近な姿として思われてる傾向も強い。

これは芸能界の姿とよく似ている。従来の芸能界における芸能人とは、雲の上の存在であり、一般の人々には手の届かないような、まるで神々に選ばれた姿を持ち合わせていたものだ。

現在においては、庶民とあまり変わらない、少し光のあるような存在として見られている。自分自身を雲の上の存在だと思う芸能人は、庶民から受け入れられず、消えていく姿もよくある。

人気のある芸能人の多くは、庶民的な感性を持ち合わせ、一方価値のある情報を多くの人に伝えていく姿であろう。

若い霊能力者というのは、価値感が庶民的な若者と同じ傾向もあり、師弟関係を築き上げるような従来のような姿で活動されるのを好まない人も増えているであろう。

神という言葉は使わず、私もそうだが、人も生きている同じ霊として、守護霊や高級霊などと言う言葉を好んで使う若者もいる。

私事であるが、過去に、年配の霊能力者の方に相談をしたことがある。その人は、恋愛的な相談は受け入れず、私が相談者に対してクライアントという言葉を使っていることを言うと、クライアントという外来語は嫌いと言われたのだ。

この霊能力者の方が、恋愛的な相談を受けていなかったのは、恋愛ごとの中には相談者の本人に非があり、そのような相談を何度も受けるのが嫌になったと言われていた。

このような話を聞くと、この霊能力者の方が偽物だと思われるかもしれないが、何も言わずとも過去のことを具体的に言い当てられて、私が昼間からお酒を飲んでいることにも注意を受けた次第である。

今では、昼間からお酒を飲んではいないが、年配の霊能力者の方と、若い霊能力者では、同じ霊能力者でも価値感が違う場合もあるのだ。

様々な知識を多く持ち合わせている、若い霊能力者を年配の霊能力者にとっては、コンプレックスを抱いている人も少なからずいるであろう。

霊能力者における、弟子として関係については、あくまでも、従来に比べたら傾向のある姿だ。

全てがそのような状態だと思わないでいただきたい。年配の霊能力者の中でも、市販されている自ら様々な本を読み、世の中の知識を深めている人ももちろんいる。そのような尊敬できる人の中には、大卒に関わらず、若い霊能力者を弟子として身近に置いている場合もあるのだ。

このような年配の霊能力者は、柔軟性のある霊能力者と言えるかもしれない。年配の人でも、スピリチュアルなど近年のよく利用されている言葉なども受け入れている人ももちろんいる。

私自身は、霊視ができるほどの霊能力は持ち合わせていない。ただし様々な霊視ができる霊能力者から、霊的な力が高いため、あなたに教えてもいいけどと言われる場合もよくある。弟子として関係などの話とは違うが、私は、様々なことを考える傾向が高いため、今日良いと思ったことが、考えが変わり明日は良くないと考えてしまう場合もある。

このような人物は、弟子など師弟関係を築くには不向きであろう。自分と同じ性格を持つ人物が、師になってくれと言われた場合、間違いなく断る。

余談であるが、様々な霊視ができる霊能力者から、教えてもいいと言われるたびに霊視というものは、教わって身につくものだろうかと考えさせられる場合もあるのだ。

様々な知識を直感によって感じながら、この様な文章を紹介させていただいている。天から降りてくるような感覚だと言えるかもしれない。私自身の霊的な感覚は、今、これで十分である。




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